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【東大薬学博士の企業】農学部首席の私が薬学系研究科に進み、化粧品で起業した理由

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今回は留学生として理科Ⅱ類から農学部に進学されたのち、農学部を首席で卒業。薬学系研究科の修士課程と博士課程を修了され、外資系化粧品メーカー”日本ロレアル株式会社”に入社。現在は独立して株式会社Merry Plusの代表取締役である、杜垚(と・ぎょう)さんのインタビューをお届けします。

──まずは杜さんの、大学入学までの経歴をお聞かせください。

私は、中国の瀋陽(しんよう)というところの出身で、そこの東北育才学校という日本語教育に熱心な学校に通っていました。その高校で、英語と同時に日本語も学んでおり、高校卒業と同時にクラス全員で日本に来ました。毎年日本語クラスの生徒は全員日本に留学していたので、伝統でした。

とはいえ、全員が東大に入るわけではなく、当時29人のクラスのうち、東大に入ったのは9人でした。

──理科Ⅱ類を選ばれた理由を教えてください。

私の父が農学関係の研究者であるため、農学に興味を持っていました。それで、農学部に入ることができるのが理科Ⅱ類だったので、そこを選びました。

当時は生物が流行っていたので、生物を学ぶためにも、農学部に進学するつもりでした。

留学生には進振りがなく、東大に応募する時点で後期の学部を決めなければなりません。私は、農学部応用生命工学専攻に応募しましたので、後期の学部もそちらに進学することになっていました。

──学部時代、どのようなことに力を入れていらっしゃいましたか?

私はサークルに入っていなかったので、代わりにアルバイトに時間を使っていました。塾で、英語と数学と物理を教えていましたね。

入学当初はテニスクラブにも数ヶ月通っていたのですが、真剣に上達をめざすというよりは遊びのような雰囲気だったので、やめてしまいました。

──勉強面ではいかがでしたか?

授業は病気でもしない限りは、全部出席するようにしていました。

──農学部を首席で卒業されていますが、なにか心がけていたことなどはありましたか?

別に首席を取ろうと思って取ったわけではないんですよね。というより、首席だったことも知らずに卒業式に出ていました。

卒業式に行ったら、先生に「あなたは前に座ってね」と言われて。理由を聞いたら、首席で農学部長賞を受賞したからって言われて(笑)。そんな感じでした。

ただ、テスト前にはきちんと勉強していました。

──博士課程に進学されていますが、博士への進学を決めたのはなぜでしょうか。

実は、博士課程に進学した理由は、どこに就職すればよいのかわからなかったからなんですね。修士1年のときに、いろいろな就職説明会には参加していたのですが、なかなか、実際の仕事のイメージが湧きませんでした。

そんな状況で、どこに就職するのが良いのか全くわからなかったため、とりあえず博士だな、と進学を決めました。

もし、私の学生時代にUTmapのような媒体があれば、いろいろな情報を得て、考えて、修士のときに就活できたかもしれないですね。

──農学部から薬学系研究科に進学されていますが、その理由をお聞かせください。

進学選択はなかったのですが、大学院に進む際には、農学系研究科への進学でももちろん試験はあったんですね。それで、どうせ試験があるなら農学系研究科に限らず、いろいろな大学院を検討しようと思ったのが最初のきっかけです。

そこで薬学系研究科の知り合いに話を聞いたのですが、卒業生がみんな魅力的な職業についていたので、興味を持ちました。

もう一つ理由としてあるのは、農業よりもっと身近な「薬」に関する研究をしたかった、というのもあるかもしれません。

──大学院入試の対策はどのようにされていましたか?

薬学系研究科の大学院入試は、もちろん学部時代に学んだことと全く違う内容だったので、自分が受かるとは思っていませんでした。1,2ヶ月ほどしか対策の時間を取れなかったのですが、過去問を入手して勉強するなどして、合格できました。

──修士時代に就職先に悩み、博士課程に進学されたとのことでしたが、博士課程卒業後の進路はどのように選ばれましたか?

博士課程卒業後は化粧品の会社に入りました。

研究者にならなかった理由としては、修士、博士と研究をする中で、あまり心から楽しいと思えなかった、というところが大きいですね。自分が薬学の研究にあまり向いていないと分かりました。

それで、就職するなら自分が楽しいと思える仕事をしたいと思って、就職先を探していました。その中で、化粧品に興味があったので、化粧品会社への就職を希望しました。

よくニキビができてしまったり乾燥肌だったりと、肌の悩みが多かったので、私生活でも化粧品の成分を見ながら自分にあう製品を探していたのですが、それが全然苦ではなく、むしろ楽しかったので、仕事にできるのではないかと思いました。

また、化粧品会社に就職した先輩とも話をして、実際の仕事について、8ヶ月~1年程度で新製品を開発する、という短いスパンだというところにも惹かれました。

製薬は開発に10年かかることはザラな上、ロジックだけで全てが決まってしまうところに味気なさを感じたんですね。その点、化粧品は理性と感性の両方が求められるので、自分に向いているのではないかな、と感じました。

──日本ロレアル株式会社に就職されていますが、他の化粧品メーカーは検討されていましたか?

日本国内の大手化粧品メーカーには全部エントリーしましたが、日本ロレアルは外資系なので選考が早く、内定をいただいたのが博士課程2年の1月の半ばだったんですね。ロレアルが化粧品業界で売上世界1位で第一希望だったため、内定をもらった段階で他のところの就活をやめました。

──就職後は、どのような業務を担当されていましたか?

最初の1年は、全ての部署を回って業務内容を把握するシステムがあり、いろいろな部署を回って勉強していました。

2年目以降は、主にスキンケアの研究開発を行っていました。加える原料の種類、量、順番や混ぜる温度、乳化の方法などを決めて、実際の処方を作る研究を、7~8年ほど行っていました。

──入社前と入社後で、会社・業務へのイメージにギャップはありましたか?

入社前は、それこそ東大の研究者のように研究をがっつり行うイメージだったのですが、実情と少しずれていた気がします。

東大で行っていたようにNMR(核磁気共鳴)やX線を使うようなものではなく、原料があって、それを混ぜて料理を作るような感じでした(笑)。

ただ、もちろん今まで世の中に無いような処方の創生や、既存の製品の課題に対して新しい原料の組み合わせを考えて特許を取る、というような仕事は楽しかったですね。

あと、もう一つ大きなギャップだったのは、仕事上でコミュニケーションが非常に多いというところでしたね。大学の研究だと、黙々と目の前の実験をひたすらやるようなイメージだったのですが、ロレアルでは、日々の大半の時間は口頭やメールでのやり取りや会議、プレゼンなどで過ぎていきます。

実験もしなければいけないし、コミュニケーションに使う時間も多いしで、1日があっという間でした。ただ、すごく楽しくて、結局ロレアルで8年ぐらい働いていました。

【東大薬学博士の起業】「パッションのある人生を送りたかった」~杜さんインタビューvol.3~

──その後、日本ロレアルを退職し、株式会社Merry Plusを創業されています。なぜ起業という選択をされたのでしょうか。

化粧品の研究は好きで、ずっとやりたいと思っていました。ただ、2020年の1月に胆管炎を患ってしまい、10日ほど入院したんですね。その時、最初の5日ほどは原因が特定できないまま、胆管は痛むし、何も食べられないし、水を飲むだけでも痛い状況が続いていました。

それで、原因が特定されていないので、このまま余命半年と宣告されるかもしれないと思ったときに、このまま死ぬわけにはいかない、と思ったんですね。じゃあ何をすればいいかというのはわからなかったのですが、人生に満足できていないとわかった以上何かを変えなければならないと思って。

ちょうど、ロレアルに入社した当時のパッションを感じられなくなっていたこともあり、病気を機に人生を変えようと思って、会社をやめました。

当時の上司にも相談したのですが、「パッションなんて誰も持っていませんよ」と言われてしまって(笑)。ただ、私はパッションのある人生を送りたかったので、「今後は毎日、自分のやりたいことしかやりたくないです」と言って退職しました。

私の日本人の友人もそうなのですが、日本の人は我慢強い人が多い気がします。仕事が楽しくなくても、我慢して続ける、貫き通すのが美徳とされて、称賛されることが多いです。

私も病気がなければずっとロレアルでの仕事を続けていたと思いますが、病気になって、人生を変えたいという勇気が出ました。

それで、自分のやりたいことを自由にやりたいと思ったのですが、化粧品も研究も好きだったので、化粧品の研究を続けながらもっと面白いことをやりたいと思いました。

そのため、Merry Plusを創業したのですが、研究して、自分で研究したものを製品化して、マーケティングも行って、と日々新しい挑戦ができていて面白いことの連続なので、起業してよかったと思っています。

大企業では大きな流れの一部しか担当できないので、その一部の担当に慣れてしまうとパッションが失われていってしまうんですね。

──起業することはいつから考えていらっしゃったのでしょうか。

具体的に起業する、ということはあまり考えていませんでしたが、起業する人はかっこいいな、とずっと思っていました。チャレンジには勇気がいるし、何もないところから何かを作り出すのは大変なことなので。

憧れはあったのですが、自分にできるとはあまり思っていませんでした。

──起業以外にも、他の会社への転職などの選択肢もあったかと思いますが、なぜ起業の道を選ばれたのでしょうか。

友人の会社への転職や、ベンチャーに参画するなどの選択肢もあったのですが、一番自由な道を選びました。

──起業・経営に関する知識がない中の起業ですが、どのようなことが大変でしたか?

思ったよりビジネスの進展が早くないことが一番大変でしたね。大企業だと「こういうプロジェクトをやりたいです」と言えば、いろんな部署の人の協力を得て一つのプロジェクトを進めていくことができるので、スムーズにビジネスが進みます。

しかし、1人でやっていると、どうしてもスピードの点で難しいことが多かったです。今思うともっとやりようはあったと思うのですが、当初は経験がなかったので、模索しながら進めていっていました。

──会社は1人で立ち上げられたのですか?

農学部の先輩と、高校の先輩と後輩の数人で起業しました。自分に欠けている部分を補ってくれるメンバーを選ぼうと思い、会社経営、マーケティング、財務に強い人をパートナーに選びました。

──今販売されているクレンジング化粧品、RIMEDOの3種類が主な商品かと思うのですが、それらもゼロから作り上げていかれたのですか?

そうですね、処方作りから行いました。日本ロレアルではクレンジング研究の責任者を務めていたので、クレンジングに関する技術には自信がありました。更に、スキンケアにおいて重要なのは、塗ることよりも落とすことなんですね。メイクを確実に落としながら、肌にも優しい、というのが一番技術が問われるところで、そこには自信があったのでまずはクレンジングからやろうと思いました。

RIMEDOは実際存在するエスペラント語で、「方法」、「癒し」、「資源」という意味の言葉です。これらの言葉のように肌本来が持つ真の美しさを引き出す橋渡しができる存在になりたいと思っています。さらに、RIMEDOは使うたびに心と体が自由になり、解放感あふれるような製品作りを目指しているので、従来のクレンジングより使いやすさなども追求し、ゼロから開発しました。

──東大での学びは起業・経営をする上でどのようにきましたか?

考え方、ですね。学部、大学院ともに学んだことは直接今の仕事には役立っていません。研究の内容よりも、むしろ研究するにあたっての考え方や姿勢を培えたのは大きかったです。

また、私のいた研究室は相当ハードで、月曜日から土曜日まで毎日12時間研究していたので、日本ロレアルや今の会社でもずっと研究していてもそこまで疲労を感じませんでしたね。東大で鍛えられたことが役に立ちましたね(笑)。

──Merry Plusでは具体的にどのような業務をされているのでしょうか。

メインは化粧品の処方作りですが、新製品を去年(2020年)の6月に発売したので、現在力を入れているのはマーケティングですね。私の専門ではないのですが、経営者として、ある程度マーケティングに関して決断する必要があるので、日々楽しみながら勉強をしています。

次の開発も進んでいるので、開発しながらマーケティングもやって、事務作業や打ち合わせなども行っています。

──私も商品を購入して使わせていただいているのですが、開発の際に大変だったところを教えてください。

ありがとうございます! やはり、技術の開発が一番大変でしたね。新商品として出す以上、既存のものより優れていることを示す必要があります。何回も何回も試作を繰り返して、開発を続ける過程は大変でしたね。

──仕事をしていて楽しいとき、やりがいを感じるときはいつでしょうか。

消費者からよいフィードバックをもらえたときはすごく嬉しいですね。友人がリピーターになってくれたときも嬉しかったです。1回目は応援のつもりで買ってくれても、製品が良くなかったら2回目は買ってくれないと思うので。製品に満足してくれるのは嬉しいですね。

──逆に、大変なとき、辛いときはどのようなときですか?

会社を経営するにあたって、自分の知識、経験の不足を実感すると落ち込みますね。研究開発に関してはプロフェッショナルなのですが、例えばマーケティングで自分が判断しないといけない事項があったとき、ベストの選択ができずに悔しいと思うことはあります。

──Merry Plusの今後の展望をお聞かせください。

もっと世界に進出していきたいと思っています。日本の消費者に限らず、アジアや世界中の人に製品を使って喜んでもらいたいです。

──杜さんの今後のキャリアプランをお聞かせください。

会社は楽しいので、今後も続けていきます。子供も小さかった頃に比べたらあまり手がかからなくなって、もっと多くの時間を仕事に使えるようになったので、このまま頑張っていこうと思います。

──お話を伺っていて、杜さんの向上心の強さを感じるのですが、その向上心はどのようなところから来ているとお思いですか?

確かに自分でも向上心の強いほうだと感じますね。小さい頃から、何をやるにしてもやるからには上手くできるようになりたいと思っていたので、遺伝ですかね(笑)。

まあ、向上心というよりは心からやりたいことをやれているかどうかだと思います。就職の際も、収入面では化粧品会社より製薬会社の方が良いのですが、自分がやりたいことを選びました。

──最後に東大生へのメッセージをお願いします。

やっぱり、自分がやりたいことがなにか、というのを早い段階から考えるのが大事だと思います。

いろいろな人と接するのも大事だと思います。東大生って若干エリート意識があると思うんですね。東大生とばかり話していると、東大生以外がどのように考えて、どのように社会を作っているかわからなくなってしまう可能性があります。そのまま社会に出てしまうと頭が良いだけの人になってしまうので、いろいろな人と一緒に良い社会を作る、その中で活躍する、ということができなくなるんですね。そういう意味で、東大の外のいろいろな人とコミュニケーションをとることは大事だと思います。

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