インタビュー・レポ

【女性のキャリア】リクルートから転職し、育児を経験しながら都庁で働く魅力とは?

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今回は内藤典子さんのインタビューをお届けします。内藤さんは文科Ⅲ類から文学部社会心理学科に進学され、リクルートで7年間勤務されたのちに退職され、現在は東京都庁の福祉保健局でご勤務されています。インタビュー当時はオリンピック・パラリンピックの組織委員会でご勤務されていました。

ーまず初めに学生時代のお話を伺いたいと思います。文科Ⅲ類への入学、そしてのちに社会心理学科に進学された理由はどのようなものだったか教えていただけますか?

私は、人と人を結ぶことや文脈を読み取ることに魅力を感じ、また時代や社会に貢献したいという思いがあったので、通訳になるのが夢でした。それもあり、言葉に興味があったので言語学を学びたいと思い、文科三類を選びました。ただ実際に入学してみると言語学は実学というより研究で、当初のイメージと違い直接的に社会で活かせないと感じました。どこに進学するか迷っていたのですが、社会や人に興味があったので社会心理学科を選びました。

ー通訳への道も考えられていたということでしたが、留学に行くことは考えられましたか?

実は留学は、若いうちにやっておけばよかったなと今になって思うことです。これまで留学する機会というのが2回ほどあり、1回目は高校時代の留学でした。ただ、試験が修学旅行と重なっていたので、何も考えず修学旅行を選びました(笑)。2回目は社会人になってからで、会社の留学の制度を利用する準備を進めていましたが、最終的にはやめてしまいました。しかし、結果的に今振り返ってみて、やはり興味の対象というのは変わらないし行っておけばよかったなと思います。

ー学生時代にしておけばよかったこととして留学をあげられていましたが、逆にやってよかったと思うことはありますか?

留学という形ではできなかったのですが、やはり英語に興味があったので、ヨーロッパに1か月行ったり、英語学校に通ったりしました。その一環で、友達と一緒に英語の教職の免許を取ることにし、実際に教育実習にも行ったのは、経験としてよかったなと思います。

ー学生時代から英語に興味があったということですが、今実際にお仕事をされる中で英語を使う機会はありますか?

オリンピック・パラリンピックの組織委員会に入ってからは、ものすごく英語を使う機会があります。一緒に仕事をする中で英語しか話せないという方もいらっしゃるので、英語と日本語の併記のメールでやりとりをしたり、会議も英語で行われたりしています。だから、尚更英語をやっておけばよかったなと思います(笑)。

ーでは就職活動をされて以降のお話を伺いたいと思います。就職活動はいつ頃から始めましたか?

大学3年生だったと思います。

ー実際に大学3年生で就職活動を始められて、どのような方向性で就職先を選ばれていましたか?

当時はバブルでどの企業でも入れるという状況だったので、とにかく色々な企業を回りました。たとえば、当時は情報産業というのが台頭してきた頃だったので、NTTさんやNTTデータさん、他にも以前からあるメーカーや金融、サントリーさんやアサヒビールさんにも話は聞きに行きました。

ー特に何かに興味を持っていたというわけではなく、幅広い分野に関心を持たれていたということですか?

そうですね。やはり会社のことは学生時代はわからないですからね(笑)。

魅力的で楽しい職場リクルートからの転職を決意した理由〜内藤さんインタビューvol.2〜

ーそのように幅広い分野に関心を持たれていた中で、どうしてリクルートを就職先として選ばれたのか教えていただけますか?

まずは、人ですね。とてもコミュニケーション能力が高い魅力的な人がたくさんいて、採用に力を入れている会社だったので、東大の方もたくさんいらっしゃいました。さらに、会社のビジョンにもすごく共感しました。当時の有名なCMで、「情報が人間を熱くする」というのがありました。情報誌をたくさん出して、選択できる社会を応援していこうという会社で、「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」というのが社訓でした。そのような思想や社風、働いている人に魅力を感じたというのが理由です。また、当時は理系の方を数多く採用していて、新しい事柄に力を入れるベンチャー的なところもあって、そこにも魅力を感じました。

ー大学での前期教養課程や社会心理学科での学びで、お仕事に生かされたものはありましたか?

人文社会系の学問は学んだことがダイレクトに生きるということはあまりないですよね。社会心理学では調査手法や統計学が、仕事によっては役に立つかもしれませんね。それよりも、社会心理学では人間は自分の選択を正当化したがるというような、一定の状況に置かれたらこういう風に行動する傾向がある、というようなことを学びます。だから、社会や生活の中で起きた事象を客観的に見ることができるようになるのではないかと思います。

ーリクルートの中ではどのようなお仕事をされていましたか?

私は少し特殊な配属でした。ちょうど私が内定者の時にリクルート事件というのが発覚した後で、新任の社長の元で新規事業開発室というのができてそこに配属になりました。それ以降も新規事業の開発に携わる部署に配属されていました。

ーいわゆる基幹事業ではなく、ずっと新規事業に関わるお仕事をされていたということですか?

そうですね、その後も新情報誌開発室というところやメディアデザインセンターというところに配属されました。メディアデザインセンターでは、ゲームを作ったりとかキャラクタービジネスをやったりと、新しい試みを色々な人を集めてやっていました。私自身は「ムック」というマガジンとブックをミックスしたものを作るというのをやっていました。ムックというのは、マガジンとブックのいいとこどりをしたもので、幅広く、長く店頭に置いてもらえるものです。リクルートが出版しているじゃらんや、住宅情報やFromAなどの情報誌と連携して、長く楽しめるコンテンツを編集して出していました。

ー今の大学生はベンチャーに興味がある人が多いと思うのですが、経験された立場としてそのような新規事業にはどのような困難さがあって、またそれを勧めたい、勧めたくない等のご意見があれば教えていただきたいです。

リクルートにはRINGと呼ばれる、グループを作って社内提案をして、グランプリに選ばれるとお金も人もつけて事業をアシストしてくれる制度がありました。だから、やりたいことがある人にとってはすごくいい会社だったと思います。自分ではなく会社がリスクを背負ってくれるので(笑)。ただ、ビジネスの種というのはそんなに多くあるものではなく、専門でビジネスを見つけなければならない仕事は、やっても進んだ感のないジレンマというのはありました。

ー実際に新規事業を立ち上げた中で、面白かったものや成功体験になったものがあれば教えていただきたいです。

私がやったことではないのですが、当時ゲームソフトを始めた頃でした。メディアデザインセンターの担当の方が財閥くんというゲームを作られてとてもヒットしたり、ポケモンをキャラクタービジネスのコンテンツとして売り出したりもしました。

ーリクルートでご勤務されている時に楽しかったことや辛かったことを教えていただけますか?

魅力的な方々とすごく柔軟な働き方ができたので、次々と楽しい仕事をさせてもらっていたと思います。しかし、いわゆるリクルートらしい仕事は営業や制作であり、会社のトップに企業戦略を提案する醍醐味や伝統があります。私はそのような部署につかなかったので、贅沢ですが、さみしい思いもありました。

ー実際に仕事をする中でたくさんの魅力的な方々との関わりがあって楽しかったということは、元々リクルートを就職先として選んだ時の、「人とのコミュニケーション」のような人を念頭にしたビジョンというのに相違はなかったということですか?

なかったですし、就職したことに対して全く後悔もないです。当時の同期とは今も仲がいいですし、以前リクルートに勤めていたということで、簡単に様々な人と繋がれる会社なので、就職したことはとても良かったと思います。長く勤める方々が少ない会社でもあり、リクルートの中で一定の経験を経て次に進むという方々が多いですね。

【女性のキャリア】一人の女性として育児を経験する中で覚えた葛藤〜内藤さんインタビューvol.3〜

ーどうして転職されたのでしょうか。またなぜ転職先として東京都庁を選ばれたのか教えていただけますか?

辛かったから逃げたというわけではなくて、自分の時間をこれだけ使うのであれば、社会のためになることをしたいと思いました。民間企業で営利を追求していくというよりも、もっと、何をしていても自分が目立たなくても、社会のためになるような仕事がしたいなと思いました。その当時、たまたま都庁が経験者採用という、一定期間民間企業に勤めていた人を、その経験を考慮して採用するという制度を始めていたのでそれで転職をしました。

ーちなみに社会心理学科の卒業論文はどのようなテーマで書かれましたか?

「女性の就業志向を規定する諸要因について」というテーマで、アンケートによる調査を実施しました。

ー元々女性の雇用機会等に興味があったのですか?

当時は男女雇用機会均等法ができて数年だったこともあり、女性が仕事をする上で様々なハードルがあった時代でした。また、そもそもずっと働かなくて家庭に入ることを念頭に置いてる方もいたので、そのような思考はどういったバックグラウンドや環境とかから決まっていくのかに興味がありました。

ー今現在、社会人と大学生のお子さんがいらっしゃるということでしたが、育児をされていたのはいつ頃でしたか?

都庁に転職してからです。

ー育児とお仕事の両立はどのようにされていたのですか?

都庁に転職して管理職試験を受けるまでは、割と時短制度を使ったりとかして育児をしていました。管理職試験に合格してからは、母に手伝ってもらって乗り越えました。

ーそれでは育児休暇制度等は利用されなかったのですか?

一人目は都庁に転職して一年目に生まれて、その時は産休だけで仕事に復帰しました。二人目は年度末まで育児休暇制度をとりました。

ー当時の育児休暇制度や女性の社会進出に関してはどのように考えられていましたか?

公務員だったので制度はすごく充実していました。だから、一人目の子どもが生まれたときに、産休しか取らなかった時には周りから疑問を抱かれました。しかし、私自身は楽をしたくて公務員になったのではなく、しっかりと仕事をしたいという思いがあったので早く復帰をしました。自分は仕事がしたいのに、周りにはゆっくりした方がいいと考える人もいましたので、そのギャップに悩むことはありました。

ー今は男性にも女性にも育児休暇制度が取りやすいようになっていると思うのですが、当時は女性向けという意識が強かったのですか?

そうですね、やはり女性向けのものでした。最近になって、制度として男性にも育児休暇を取ってもらおうということになったと思います。

ー今でも育児とキャリアの両立に悩む女性は多いのですが、何が両立を妨げていると思いますか?

仕事の成果より労働時間で評価をするという日本企業によくある考えが問題だと思います。自分は子育てをしてる時に残業ができなかったので、誰よりも効率的に働いていたと思います。しかし、時間の融通が効いて仕事ができることが良しとされるような考え方が、いまだに日本の企業や社会に蔓延しているので、それは変えていかなければいけないところだと思います。コロナでテレワークが進んだ今が変革のチャンスですね。

五輪運営から福祉まで 都庁で働く魅力とは?〜内藤さんインタビューvol.4〜

ー東京都庁に転職された後はどのようなお仕事をされていたのですか?

転職した時は福祉分野を希望し、都立病院に配属されて、事務局で仕事をしていました。その後は税金の徴収や首都大学東京勤務、管理職になってからは2,3年で各部署を異動しました。東京都全体の計画を作る部署では、福祉やスポーツ、環境、防災等でどのような政策をしているのかを勉強し次の計画を作っていました。あるいは、東京観光財団というところにいたこともあり、東京の魅力を海外にPRするという仕事をしていました。スポーツ行政に移ってからは、スポーツイベントを開催したり、国体に事務局として参加したり、様々な仕事をさせてもらいました。

ー社会に役立つ仕事がしたいというベースがあって、様々な幅広いお仕事をされているのだなと思いました。東京都庁に転職されてから幅広くご活躍されてきたと思いますが、その中で楽しかったことやつらかったことがあれば教えていただけますか?

管理職になってからは2年くらいで仕事が変わっていくので、職場を自ら選び変えるエネルギーを必要とせず、自分だけでは絶対選ばなかったような職場も経験できるのは魅力的だなと思います。ただ、それは自分の希望で行けるものではないので、行ったところでベストを尽くすという思考でやっていくことになります。また、組織で働く以上は上司や同僚との合う合わない等の人間関係の悩みはもちろんありますが、それはどこに行ってもあるのかなとは思います。

ー2,3年で職場が変わっていく中で一番面白かった部署はありますか?

直近でやっていたオリンピック・パラリンピック組織委員会というところは、大変でしたがそれだけに一番忘れられない仕事です。私は競技会場のベニュージェネラルマネージャーとして参加しました。そこには様々な国籍の方、国や自治体、民間企業等多種多様な人が関わっていて、仕事の進め方もそれぞれ風土が異なっていました。都庁という同質性がある中で仕事をしてきたので、そのような多様な方々をひとりの人間として理解し、彼ら彼女らの力を発揮していただくようにコミュニケーションを取ることを経験できたのは、とてもありがたく得難い経験だったなと思います。

ー次の職場となる福祉保健局ではどういったお仕事をされるのですか?

明日引き継ぎをするのでまだわからないのですが(笑)、抗体カクテル療法を促進する担当ということで、療法そのものを知ってもらったりとか、効果的な投与の仕組みを作ったりするのだと思います。

ーこれまで幅広い分野でご活躍されてきたと思いますが、今後の目標や目指しているものがあれば教えていただきたいなと思います。

都庁にいる限りは自分で仕事を選べないので、与えられた仕事の中でやっていくということになります。だからそこでは自分のベストを尽くすつもりですが、一方で組織人として後輩を育てたいという思いもあります。どうしても公務員の世界というのはなかなか変わりにくいところもあると思うのですが、変化していく社会に応じて、若い方のやってみたいことや変えたいことを応援していたいと思います。また、女性やマイノリティーの方をきちんと評価することも組織の中でやっていきたいと思います。さらに、個人としては、変わっていく時代にコミットしていきたいと思います。ジェンダーや子供の貧困、環境や動物愛護等、古い制度で綻びが出ているようなところの変化を促したり、NPOを支援したりしていきたいと思います。

ー最後に、東大生へのメッセージがあればお願いいたします

東大生は頭がいいので、先回りして考えたり周囲と比較して答えを出してしまうことがあるかもしれませんが、まわりではなく自分の気持ちを大事にしてほしいと思います。振り返ってみると、興味があることや心地よいと思うことはそうそう変わりません。自分の人生です。勇気をもって、やりたいことに一歩踏み出していただければと思います。若いうちはチャンスはたくさんありますし、失敗こそ成長の糧になります。応援しています。

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